村人ちょるの日記

アドベントカレンダーを書くためのブログです(1年に1ヶ月だけ活動します)

工学院は恥だが役に立つ!

この記事は工学院大学アドベントカレンダー22日目の記事です.

www.adventar.org



どうもおはようございます.こんにちは.こんばんは.
読みたくない人は,おやすみなさい.

工学院大学エバンジェリストの ちょるです@choll_public).

これから,あなたが読もうとしている記事のタイトルは
工学院は恥だが役に立つ」です.
ですが,工学院大学の大学史みたいになってます・・・
ご承知の上でお読みください.


工学院は恥だが役に立つ!

このタイトルを見て,どう思いましたか?

  • 確かに!
  • 恥じゃない!
  • 役に立たない!

いろんな考えがあると思いますが,この記事では
工学院大学アドベントカレンダーとして,
工学院大学に4年間通った学生として,
工学院大学エバンジェリストとして,僕は

「工学院大学の学生や卒業生として
   こう思ったらいいんじゃないか?」

という心持ちを ”僕なりに” 書いたものです.
洗脳・マインドコントロールしようというものではないです.

もし 「工学院大学に入っちゃったから人生終わったww 

みたいに考えている人がいたら参考にしてもらえれば,と思います.
そういう人は,ツイッターやいろんな人と話す限りでは意外といる印象・・・

注意!

ただし,とても長いです.一度スクロールして確認してから
自分の大切な時間と相談した上で,読むことを勧めます.




クイズ

いきなりですが,以下の引用はある歌の歌詞なのですが
それが何の歌かわかりますか?

見よ淸浄の淀橋に
校舎は高く聳えたり
實力の旗ひるがえし
我等が健兒意氣高し
誠實努力撓みなく
進め!いそしめ!國の爲め

読めない人用

みよ せいじょうの よどばしに
こうしゃは たかく そびえたり
じつりょくの はた ひるがえし
われらが けんじ いきたかし
せいじつ どりょく たわみなく
すすめ! いそしめ! くにのため




これは工学院(工学院大学の前身)の校歌です.

つまり,国の為に頑張って勉強しなさい.みたいなことを歌っているわけで
もともとうちの大学は,そういう学校だったわけです.
??と思う人も多いと思うので,少し歴史を振り返ります.
(お堅い文章で振り返ると誰も読んでくれないと思うのでゆるゆるな感じで書きます.)




工学院大学の成立

いろいろと捨象して,簡単に書くと

  1. 明治維新したよ!西洋みたいに「工業立国」「殖産興業」目指すぞー
  2. 外国から「お雇い外国人」連れてきたから勉強教えてもらおうぜ!
  3. 工部大学校(東京大学工学部の前身)を作って工学のエリートを養成するよー
  4. エリートだけじゃなく,現場に必要な「職工長」も養成しなければ!!
  5. 東京職工学校(東京工業大学の前身)を作って現場で指揮をとる人を養成するよー
  6. 工業は誰でもできるわけじゃない.職工長や専門技術者の手足となって働ける
    ある程度知識を身につけた人材がいない!!
  7. 工手学校(工学院大学の前身)を作って現場で働ける人材を養成するよー

簡単に書くとこんな流れです.日本の工業教育は

「工業のエリート」 → 「現場の偉い人」 → 「現場で働く人」

この流れで学校を作った.そして工学院は3番目の
「現場で働く人」 を養成する為に作られた.と言うわけです.

だから,国の為に勤しめ みたいな校歌なのです(まぁ当時は戦争もありましたからね)


その始めは,工部大学校の総長「渡辺洪基」が

いまの日本には,工業技術者を養成する学校があまりにも少ない.
なかでも『工手』を養成する学校がひとつもない.
このため,基礎的専門知識に乏しい作業者を技術者の補助として
使わざるをえない.これは能率の悪いことはむろん,
わが国の工業界の進歩,発展に著しい障害となっている.

と同僚に相談したところから始まっています.
ただ,文部省に打診したところ

此輩を養成する経費なし

と断られてしまったので,私立の工手養成学校として創立されたのでした...
いつの時代もお金がないのは同じですね

日本の発展を支えた工業.
工業の発展を支えた工学院.

「工学院は役に立つ」 はこうして生まれたのです.

「工学院五十年史」
「工手学校 旧幕臣たちの技術者教育」(茅原 健)
を参考に書きました




僕たちの先輩

国木田独歩と言う小説家(「武蔵野」,「牛肉と馬鈴薯」などが有名)の
非凡なる凡人」という作品を紹介します.
この作品の主人公の「桂」は「工手学校」(工学院大学の前身)を卒業した
いわば僕たちの先輩です.

この作品の引用を通して工手学校にどのような学生が通っていたか
強いては代表的な学生像を描き出そうと思います.


(前略)秀吉とか、ナポレオンとかそのほかの天才に感心するのとは異うので、
この種の人物は千百歳に一人も出るか出ないかであるが、
桂正作のごときは平凡なる社会がつねに産出しうる人物である、
また平凡なる社会がつねに要求する人物である。
であるから桂のような人物が一人殖えればそれだけ社会が幸福なのである。

つまり,社会が必要としているのは「桂」のような 平凡な人であって
そう言う人がいるからこそ,社会は発展し,幸せになると言うわけです.


天が与えた才能からいうと桂は中位の人たるにすぎない。
学校における成績も中等で、同級生のうち、
彼よりも優れた少年はいくらもいた。
また彼はかなりの腕白者で、僕らといっしょにずいぶん荒れたものである。
それで学校においても郷党にあっても、とくに人から注目せられる少年ではなかった。

特に優秀なわけでもなく,目立った人でもなかった.


けれども天の与えた性質からいうと、彼は率直で、単純で、
そしてどこかに圧ゆべからざる勇猛心を持っていた。
勇猛心というよりか、敢為の気象といったほうがよかろう。
すなわち一転すれば冒険心となり、再転すれば山気となるのである。
現に彼の父は山気のために失敗し、彼の兄は冒険のために死んだ。
けれども正作は西国立志編のお蔭で、この気象に訓練を加え、
堅実なる有為の精神としたのである。

桂は,素直で,単純で,抑えられないほど物事を思い切ってやる性格でした.
だけど,西国立志編(実際にある)を読んで,堅実な精神を持ってました.

西国立志編と言うのは,努力して成功を掴み取った人たちの物語であり
桂は,それを暗誦できるまで読み込んでいたという.


(友人)「何が君の目的だ。」
(桂)「工業で身を立つる決心だ」といって正作は微笑し、
(桂)「僕は毎日この道を往復しながらいろいろ考がえたが、発明に越す大事業はないと思う」
ワットやステブンソンやヱヂソンは彼が理想の英雄である。
(中略)
(桂)「だから僕は来春は東京へ出ようかと思っている」

ワットやスティーブンソン,エジゾンに憧れて工学の道を志し
東京に向かう決心をしていました.そして実際に住んだのが
東京の築地でした.工手学校が立っていた場所です.


彼ほど虚栄心のすくない男は珍らしい。その境遇に処し、その信ずるところを行なうて、
それで満足し安心し、そして勉励している。彼はけっして自分と他人とを比較しない。
自分は自分だけのことをなして、運命に安んじて、そして運命を開拓しつつ進んでゆく。

桂は,決して才能に恵まれた天才ではないが,勤勉で,真面目で,
努力家で,他人と比較せず,自分のことだけに集中し,自分の道を切り開いていった
まさに非凡なる凡人であったのだとよく伝わってきます.
僕はこんな人になれない・・・


桂はうまそうに食い初めたが、僕は何となく汚らしい気がして食う気にならなかったのを
むりに食い初めていると、思わず涙が逆上げてきた。(中略)
ああこの飯はこの有為なる、勤勉なる、独立自活してみずから教育しつつある少年が、
労働して儲けえた金で、心ばかりの馳走をしてくれる好意だ、それを何ぞやまずそうに食らうとは!
桂はここで三度の食事をするではないか、
これをいやいやながら食う自分は彼の竹馬の友といわりょうかと、
そう思うと僕は思わず涙を呑んだのである。

桂は,自分の置かれた環境に文句を言うこともなく貴賎の別なく,慎ましく生活していて
友人を感涙させるまでの,人間としての強さを見せていたわけです.


日本の発展の礎を築いたのは,彼のような勤勉な人たちだったのでしょう.
今一度,僕は自分の学生生活を振り返ってみても
とても彼らのように勤勉に学んでいたとは言えません.

みなさんは,どうですか?

工手学校に通っていた彼のような学生像は
現代の工学院大学の学生が目指すべき姿ではないでしょうか?


苦労して,努力して,働いて,学んで,食べて,・・・と,その生き様が
僕たちが忘れかけている「何のために大学で学ぶのか?」という問題を
改めて問いかけてくれているようにも僕は感じました.

「非凡なる凡人」は大学図書館にある
「現代日本文学大系11」に掲載されている

青空文庫にも全文が掲載されているので
図書館に行くのが面倒だと感じるならそっちを読んでも良い.
http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/324_15711.html
本文は,ここから引用している.




工手学校のその後

さて,その後,工手学校がどうなったかと言えば・・・
残念ながら,全焼してしまいました・・・

工手学校は,寄付金を元手に,渡辺洪基ら「有志の人」たちが作った
私立の工手学校だったため,再建するためのお金がありません.

このことが,当時の天皇陛下(明治天皇)の耳にも伝わり
「御下賜金」として金五百円を賜りました.

工学院五十年史に詳しく書いてあります

さらに「この国の工業の,強いては国の発展のために」と
再び寄付してた人たちもいました.

そういう人たちの思いによって,この大学は今に生き残っているのです.

そしてこの罹災が転禍為福.新しい校舎を立て直したことにより
多くの学生を収容できるようになり,学園はより大きくなりました.

繰り返しますが,これは,社会からの要請と
この学校への信頼があったからこその寄付だったということです.

実は,今,工学院大学は寄付募集しているのです.

創立130周年記念事業募金
http://www.kogakuin.ac.jp/130/index.html

このサイトを見ると,以下のような文章が掲載されています.

現在、大学にも優勝劣敗が訪れるなか、本学園では、
さらなる教育・研究環境の整備・充実、学生・生徒の自主的創造活動の
活性化をはかり、学生・生徒の無限の可能性を開花させる学園として
ますます発展していきたいと考えております。

こんな施設を作って,大学をよくします!だから寄付してください☆
みたいな感じです(3億円が目標額)

学園の理事長も,大学主催のいろいろな会のたびに,大げさに言えば

「これまでも寄付による自転車操業でやってきた.だから今回も寄付をくれ!」

みたいなことを言っています.

僕が,もしお金持ちになって,寄付しよう!って思った時,

「今のこの工学院」 と 「日本・世界の有力大学」

どっちに寄付したいか.って考えたら,やっぱり日本・世界を
少しでもよくしてくれそうな方にすると思います(もちろん後者).

皆さんは,どうですか? どっちに寄付しますか?

でもですよ.逆に考えて,昔は天皇陛下も,うちの大学に寄付してくれたわけです.
もしうちの大学が,本当に社会のためになっていて
国を良くする,支える人材を輩出していると評価されるようになれば
天皇陛下からの御下賜はむりでも,自然と寄付が集まるようになると思いませんか?

だからこそ,僕は

「工学院は役に立つ」

と思ってもらえるようになることを目指すべきだし
うちの大学(の少なくとも歴史)は
「そうなるポテンシャルを持っている」ということを伝えたいです.




その後の工学院大学は・・・

  • 学生運動をやって,大学をロックアウト(閉鎖)したり
  • 理事長,学長を17時間ぶっ通しで学費を安くしろ〜 的な説明会をやってみたり 
    • この事件は,工学院大学史では『暁の説明集会』といいます.  

あまり信じられませんが実話です.
学園百年史に詳しい様子が載ってるので興味がある人は読んで見てください

  • 新宿キャンパス建て替えに関して,大議論などなどなどが起きたり
  • 大学食堂の什器の納品に関して,詐欺事件のようなことが起きたり

この事件は「谷口宗彦最終講義 工学院大学に在籍した49年間の全てを語る」
で詳しく述べられています.

  • ブルーハーツが,大学でライブをしたり

工学院大学新聞会の92年発行の231号に写真付きで詳しく載っています

  • ソーラーカー,鳥人間,ロボコン,フォーミュラ,競技プログラミングなどなど
    学生プロジェクトが活躍し始め,大学のブランド力が向上したり
  • 新しい図書館も立ってないのに,図書館を潰したり

 (これにはいろいろと裏事情がありそうですが・・・
  一学生の僕はあんまり知りません)


このまま続けてもいいですが,終わらないので,話は現在に飛びます
現在の工学院大学ですが,現在も現在でいろいろあるわけで・・・




現在の工学院大学

インターネットが発達し,大学に対する多くの意見(陰口)がSNSに投稿されています.
とりあえず,言いたいのが(言葉が悪いし,多少大げさかもしれませんが)

「工学院は,エフランだから仕方ない」
「工学院受かった,日本死ね」
「この大学に入った時点で絶望」

みたいな感じのことを思ってる学生が多い気がします.

「工学院受かったよっしゃー!!これで未来は明るいぜ!!」

みたいに思ってる人は,逆に変な人だと感じませんか?
あ・・・そんなことないですか・・・

よくわからないし,証明になるわけではないですが

  • 春から工学院
  • 春から工学院大学
  • #春から工学院
  • #春から工学院大学

などと,Twitterで検索してみれば
どんな感じか,が大体わかります.参考までに.

兎にも角にも,自分の大学を誇れる って人の方が少ないと
予想できるわけです.違ったらすみません.

だからと言って,永遠に批判したり,貶したりするのは,どうなのかなーっと.
そんなことを考えていたらぴったりな言葉を思いつきました.



「工学院は恥だが役に立つ!」


(やっとタイトルの登場)

他の人たちから,「Fランわろたw」って
思われても仕方ないようなことも実際起こっています.
「恥だ」「恥だ」と思ってうちの大学を見限るのではなく
むしろ,せめて役に立つ!って思ってもらえるように,
自分たちで大学の価値を高めるように動いたらよくないですか?


誰もが認める「すごいこと」ができる人がいれば,それをすればいいわけですが
僕たち,多くのうちの大学の学生は,そう言うことはできません.

非凡なる凡人」の主人公だって
ワットやスティーブンソン,エジゾンに憧れて工学を志したけれど
彼らのような偉大な科学者・工学者になれませんでした.

それでも,周りの役に立つように,自分ができることを行い,
勤勉に,真面目に,生きたことで友人に感動を与えました.

僕たちも,偉大な科学者にはなれないかもしれないが
「非凡なる凡人」にはなりうるのです.

だからこそ,「人の役に立てるように,自分ができることをやる!」

こういう風に生きて行った方が良い思いませんか?

もちろん,最初から「恥」だと思ってない人には関係ないです.
もちろん,そういう風に生きろ!と言っているわけではないです.




役に立つとは何か

でも結局「役に立つ」と思われるために,何をすればいいか
という大きな課題が残ります・・・

僕みたいな小さな人間には,思いつきもしないので
ここでもう一度,工学院大学関係者の言葉を読んでみることにします.

「工手学校の教育は,日本の真の国富と庶民の生活向上のために役に立つ技術を
 身につけるように指導しなければならない」

*榎本武揚,工手学校 築地移転お披露目開校式にて,来賓の祝辞として.
 茅原健『工手学校』より引用

工手学校は「社会に役立つ技術を教える」学校です.ということです.
技術で社会に貢献していこう!っていう気概が見えますね.

「卒業は,業が卒わることではなく,業がはじまるということである.
 日本工業の建設は,諸君の双肩にかかっている.技術を磨くことも
 必要であるが,人格の優れた人物になってもらいたい」

*大島圭介,第一回卒業式にて,来賓の祝辞として.
  茅原健『工手学校』より引用 <<

技術だけでなく,人間性も磨こうと言うのは
いつの時代も同じことですが,今よりも
工手が貴重だった時代です.よりその重要性があったのでしょう.
僕たち現代の学生にも言えることですね.

「(技術者として)一個独立の働きをする者は,
 その動きに対して責任があると言うこと,
 自分の一挙一動に付いてことごとく責任を持たなければならぬ,
 自分の言ったこともしくは書いたことについて
 銘々確固たる責任を帯びてやらなければならぬ」

*渡辺洪基,『工学会誌』一三三巻 明治二十六年一月
*飯田賢一『科学と技術 日本近代思想大系14』 に掲載されているものを
 難しい漢字を平仮名や現代の表記に変えて引用しました.原文のママで
 なくて申し訳ないですが,読みやすさを考慮してのことです.ご容赦ください)

つまり,技術者は自分の行動に責任を持ちなさい.ということです.
アドベントカレンダーもしっかりと書きなさい!ということです


まとめると,「専門的・基礎的な知識」と「責任」を兼ね備えた
人格のある技術者になればいい.と言えると思います.
(言うは易し,行うは難しですけどね・・・)


ですが,自分は情報学部の学生で,このコンピュータ界隈の進歩の速さを
身にしみて感じているわけです.それを表すこんな言葉があります.

「今日の即戦力は,明日の戦力外」

*小柳義夫(元工学院大学情報学部長),
 工学院大学情報学部10周年パンフレットより

ひと昔前までであれば,専門知識・基礎知識を武器にして一生涯
技術者として働けたわけですが,今は違います.

だからこそ,この先の技術の進歩に対応できる,基礎学力,応用力,
理解力,対応力を身につける必要があるのではないか.と思います.


例えば,この記事.

15歳の子供が5年前の修士論文レベルのことを3日間で実現できる
https://industry-co-creation.com/industry-trend/6535

今すぐ応用できる発展的な技術や,最先端の学問が
数年したら役に立たなくなったり,誰でもできるようになる
ということが現実に起き始めています.

本当に役に立つ人になるためには
すごい技術力を身につける.というよりも
「桂」みたいな人間性を持った,真摯な態度で
学び続けることができるエンジニアになる必要があるのかもしれません.



まとめ

工学院大学に入学して,一つの技術力を磨いたとしても
その腕だけで生涯,飯を食っていくのが難しくなったこの時代.

工学の基礎,科学の基礎をしっかりと身につけ,
長く,堅く,強く,社会を支えられるようになるために,「桂」のような
努力を怠らず,真面目で,責任感を持った人間になる道を選ぶことが
今の工学院大学の学生にとっても,社会にとっても良いのではないか.

ということです.

そういう学生を輩出していけば,すぐにとは言えないけれども
大学への信頼につながり,「この大学出身なら役に立つだろう!」と
社会から思われるようになり,行く行くは,大学に
誰かが言わずとも自然と「寄付」が集まるようになるのではないでしょうか.




「工学院は恥だが役に立つ!」


僕が言いたいことは

現時点では「工学院」大学出身「は恥」かもしれない(そんなことないかもしれない).
だが役に立つ」と思ってもらえるように



「桂」みたいな「非凡なる凡人」になろうぜ!!

ということです.

「工学院は恥じゃないし役に立つ!」

そして,さらにさらに,工学院大学の歴史を振り返ってみると
意外とすごい人たちが工学院大学(の前身)を作ってるし,
寄付をしてくれた人も現代にも名が残るような人ばかりです.
工学院大学は,おそらく多くの学生が思っている以上に誇らしい歴史があります.

ってことは

工学院は恥じゃないし役に立つ!

になっちゃうわけです.

せっかく歴史ある工学院大学に通ってるのだから
自分の大学の歴史も勉強してみてはどうでしょうか.




明日は,某大学の有名人・天才・プロ・ぱろっく様の記事です.
ちなみに明後日はもう一度,僕です(ご了承ください).

それでは!