村人ちょるの日記

2018年の目標はブログを100本あげることです

類は友を呼ぶ

プロローグ


暇じゃないけど

ツイッターの連続投稿をしようとおもって

ふと,連続投稿を「うざく」感じる人がいることを思い出し


たまにはブログというものに書いてみようかと思ったので
今回はブログとして書いてみる.


これまでは?


みんなも,1度ぐらいは聞いたことがあるだろう.

「類は友を呼ぶ」

昨夜,ツイッター上の知り合いが

鍵垢だから,多分フォロワーじゃないと見れないはず


「私は周りの人に恵まれてる」

と言っていた.



確かにそうかもしれない.



でも,いままで生きてきて,ぼくが感じてきたことは


「良い人の周りには良い人が集まっている」


「悪い人の周りには悪い人が集まっている」


「おもしろい人の周りにはおもしろい人が集まっている」


「つまらない人の周りにはつまらない人が集まっている」


「頭いい人の周りには頭いい人が集まっている」


....


まぁ つまり



理系っぽく言うなら

「Pのような人の周りにはPのような人が集まってくる」だし


文系的に言うなら

「類は友を呼ぶ」


ってこと.



もし恵まれてると感じるなら,それは自分が理由だと思う.


何を見つけた?


最近感じてるのは,これは逆も成立するのではないかということ.

言葉にすれば
「良い人の中にいると自分も良い人になる」
「おもしろい人の中にいると自分もおもしろ人になる」
「頭のいい人の中にいると自分も頭がよくなる」

とかそういう感じ.

もちろん,先ほどと同様に,理系っぽく言うならば

「Pのような人の中にいると自分もPになる」


文系的には難しいけど

「友の中で自分も類になる」
「類は僕を変える」

って感じかな.


関西に来て,人間的に嫌な人に
出会った覚えがない.


そしたら,僕も,すごい変わった気がする.



そこから何を見いだせる?

2つの事を主張して終わりたい.

1.自分が変われば,周りも変わる

類は友を呼ぶ.自分が良い人になれば
自然と良い人が集まってくるだろう.


2.自分を変えたければ,環境を変えろ

思っている以上に,自分という人間が
環境によって構成されてしまってる面があるかもしれない.


彼女が欲しければ,彼女を作ってるような人たちと
一緒にいよう!



エピローグ


武者小路実篤の言葉

よき友を持つものは、
自分の方でもよき友に、
なれるものでなければならない。

自分だけが得することは、
不可能である。


は,果たして本当だろうか.


よき友が,僕を変えてくれることだって

あると思う.


換言すれば,




得が先,友が後



だけじゃなく




友が先,得が後




という,こともあるのではないか


僕はそんな風に思う.



友が先 で終わっていいのか.

そんなこともないだろう.


だからこそ,僕はみんなに
実篤の言うところの「得」
を返していきたいと思う.