村人ちょるの日記

2018年の目標はブログを100本あげることです

屋根の上の大阪

プロローグ

もしも...

もしも 「全く勉強をしなくて良いよ」

と言われて,人は耐えられるだろうか.

勉強しなくていいよ ではなく

”全く”勉強しなくていいよ

だとしたら...

これまでは?

やぁやぁ,またまた久しぶりの記事だ.

(年間300を目指してるのに,未だに3記事目
 目標達成は,1月半ばにして,もう厳しそうである)


何故かというと,僕は大学院生なので
授業の課題をやったり,研究をしなくてはいけないから
どうしてもブログを書くのが後回しになってしまう・・・

そうして,勉強したくね〜〜

と思うわけだが,まぁそうもいかないのである.

どうしたものか.


何を見つけた?


そんな時,ふと思い出すのが

マスター・キートン という漫画の

「屋根の下の巴里」(たしか3巻)

というエピソードだ.

ストーリーはググれば出るから,そうしてもらって・・・

ここでの主人公のキートンのセリフ


「人間は一生学び続けるべきです
 人間には好奇心、知る喜びがある。
 肩書きや出世して大臣になる為に学ぶのではないのです」

「では、何故学び続けるのでしょうか?・・・」



「それが人間の使命だからです」



これは,至極の一言 だと思う.


だって,僕は,この話を読むと

ご多分に漏れず,学びたくなってしまうのだから.



そこから何を見出せる?


僕が持ってる好奇心.

ずっと,持ち続けることはできるだろうか.



きっと,知識だけが欲しい
という好奇心は,そのうち枯れてしまうと思う.


今の僕が持っている学ぶ事へのモチベーションは


「過去,どんなことが起こって,今ができているのだろう」

「そして,今を分析することで,未来を見たいなー」

「今,ある知識で,この世界を自分なりに分析したい!」


みたいな感じ.



傲慢かもしれない.



だとしても,僕は,僕の理論で
この世界のコンテキストを読んでみたいのである.


この記事.10年後,20年後,・・・の自分が見たら
どう思うのだろうか.恥ずかしくて,死にたくなるかも知れない.

エピローグ


「どうして知りたいの?」


そんなこと言われたって困る.


だって,その答えは


「ただ知りたいから」


それ以上の理由は,無いのだから.